雇用法 - 雇用契約書を交わしていない社員との間に起こりえるトラブルとは

Q:正式な雇用契約書を締結しないまま勤続して10年になる中堅社員がいます。今までずっと雇用契約書がなくても問題はなかったのですが、やはり雇用契約書は作成したほうがいいのでしょうか?(40代男性=日系企業・人事担当)

A:雇用契約は必ずしも書面で締結しなくてはならないといものではありません。口頭での雇用契約であっても法的効力は発生します。そもそも雇用に関する詳細な条件について口頭ですら話し合いがなかったとしても、実際にその従業員が雇用者のもとで働いているのであれば、(原則的に)雇用関係が存在します。詳細な雇用条件につき取り決めを交わしていない場合でも、賃金、就業時間、Annual LeaveやSuperannuationなどは、法で定められた最低労働基準を満たす必要があるのは言うまでもないことです。

しかし、法の定める労働基準は大変複雑です。雇用者としては、最低雇用基準がしっかりカバーされていることを契約書で確認できるようにしておかないと、“うっかり”最低労働基準に違反 してしまう可能性もあり、Fair Work Ombudsman(労働監督署)から罰金の支払いを命じられるかもしれません。

また、最低労働基準を間違いなく上回る条件で従業員が雇用される場合であっても、その諸条件の詳細につき双方の理解が合致していることを、書面でしっかり確認し記録しておくべきです。よく起こる問題として、給料が年棒(時給ではなく)で提示されている場合に、その年俸が何をカバーしているのかについて当事者らの理解が一致していないことがあります。例えば、雇用者はその年棒が「妥当な残業代をあらかじめ含む」というつもりでいたのに対し、従業員は「残業代は別に請求可能」と理解しており、後になって残業代の未払い請求をされた、というケースです。年棒がこうした“みなし残業代”を含む場合には、原則的に、雇用者は従業員にその旨を書面で通達することが法律上義務づけられていますので、雇用契約書は必要となります。

また別のよくある問題として、契約書が不在ですと、その従業員を解雇するにあたり必要となる“解雇通知の期間”が不確定となります。通常、雇用契約書に「解雇通知はXX週間前に出すものとする」と記してあれば、(不当・不法解雇の問題は別として)その期間以前に解雇通知を出すことで従業員の解雇は可能となります。しかし、この点について明文化した契約書が存在しない場合、解雇通知の期間は「“妥当な期間”でなければならない」と法律は定めています。“妥当な期間”とはケースバイケースでの判断となるため、しばしば争いの原因となります。

クリエイティブな職種の場合には、その従業員が職務を遂行する過程で生じた知的財産の所有権について明確にする必要があるでしょう。守秘義務や、必要に応じ、離職後の競業避止義務等についても、雇用契約書に盛り込んであらかじめ合意を取っておかないと、後になって雇用者にとって大変不利な状況を招きます。

特に、今回の相談のような中堅社員や上級管理職にある従業員の場合には、上記のような事柄について雇用契約書で定めておかないと、後に大きな労使トラブルへと発展しがちです。しかし、突然「雇用契約書にサインしろ」と求めるのは難しいかもしれませんので、次の昇給・昇進のタイミングに合わせて雇用契約書を提示するのが良いと思います。

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林由紀夫
主任弁護士
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